在り方・考え方

私の人生を変えてくれた人―卓球教室の恩師

小学校4年生から、20歳のころまでお世話になっていた卓球教室のM先生

私は内気な女子で、

あいさつもか細い声でいつも怒られてたし、

事務所のおばちゃんに、
「ラバー変えてください」とかのお願いをするときも、
めっちゃ小さい声で、

それはそれは、色んなシーンでしごかれました。

みんなの前で「象さん」とか「チューリップ」を歌わされたり。
(その、みんなの中に、初恋の人がいたよ・・・)

双子であるということもあり、
会場に行くと、それなりに有名で、

(旧姓)内藤ま・内藤かと書かれているゼッケン見て
「まーさん」と「かーさん」とかって呼ばれていたり、

そんなに上手でもなかったけど、強化選手にも選んでくださり、

かわいがってもらってました。

その先生から教わった印象的なことは、

小5の頃、
「このグラスはどんな使い方ができるか?」という問題を出されたこと

グラスは飲み物を飲むためのものだけど、それ以外に色んな使い方がある。
その多面性に気づくことが、卓球の戦術にも生きてくる。

といった教えでした。

その先生からは、「卓球日誌は世界一」といつもお手本にしてもらっていて、

その頃から書くこと(というよりは、継続すること)が得意でした。

今はこんなおおざっぱな性格になってますが、
めちゃくちゃ几帳面で、一度やると決めたことは、休まない性格。

素振りも毎日していたし、
北野天満宮へも、毎朝ジョギングしていたし。

中学の試合の時は、顧問でもないのに、応援に来てくださり、
ベンチコーチをしてくださったり、

高校の試合の時も、
いつも、陰でこっそり見守ってくださってました。

(クラブチームの先生なので、部活の顧問ではない)

いつも真っすぐ見つめて、語り掛けてくださっていたあのまなざしが、今も忘れられない。

私が「先生になりたい」と思ったのは、恩師に出会えたから。

その後、高校卒業した後、
同じ卓球教室で先生になれました。

その時の話はまた別記事で書きます。

余談ですが、
ここの卓球センターで、
先日亡くなられた、岸部四郎さんのお相手を良くさせてもらってました。

大柄な方だったので、迫力があったなー(見た目ね)

岸部四郎さんと言えば、西遊記の沙悟浄(さごじょう)。
沙悟浄に会う前に、三蔵法師(夏目雅子さん)と共演してます。

そのことも、また別記事で自慢します・笑

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です